BodyTalkのことや日々のなんてことないことを綴ってみます。

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うつ part1 転職〜発症

今から10年程前、鬱になりました。
ちょっとそうなるまでの経緯を書いてみます。


30才の時、年齢的な節目というのもあり、
それまで勤めていた会社を思い切って辞めました。

すごくのんびりした会社で、同僚や上司も良い人ばかりの良い職場だったのですが、
ふと「このまま心地よいぬるま湯に浸かっていて良いのだろうか・・」と思い、
自ら荒波に飛び込むことにしたのです。

その会社は化学系メーカーだったのですが、短大で情報処理を専攻していたため
システム部に所属、プログラマーとして働いていたので、
伸ばせるスキルはその方面くらいしか考えられませんでした。

そして、IT企業に転職。システムエンジニアとして働き始めました。


予想はしていたのですが、その世界は思った以上にハードでした。
客先に常駐して働くスタイルだったのですが、私が配属されたプロジェクトはかなりハードで、
みんな、昼も夜も週末もほぼ関係なく働いていました。

私は週に1日、日曜日だけは休みを死守しましたが、
それ以外は自分の時間なんてないかのような生活でした。

その時、新しい会社に入ったばかりの私は、
最初の一年間は残業・休日出勤一切手当なし、有給もなし、という、今では法に触れそうな低待遇で働かされ、
そして慣れない仕事、けれど客先ではプロの顔、
また男性社会の中で働くことのストレスなどから、
モチベーションを感じる余裕もなく、日々、嫌々仕事をしていました。

そんなある夏の日、日曜日にスポーツクラブで髪の毛を乾かしている時、
鏡に写った自分を見て、頭に大きなハゲが出来ているのを発見しました。
ショックでした。泣きながらよろよろと家に帰ってきました。

皮膚科に行くと、塗り薬を処方されましたが、
自分でもストレスが原因なのはわかっていたので、
必要なのは皮膚科じゃない・・と思い、
思い切って「精神科」の扉を叩くことにしたのです。


この当時は、まだ今ほど「うつ」とか「心療内科」という言葉が
世間で聞かれない時代で、インターネットで近くの病院を検索しても、
あまり多くの病院はhitしなかった時代でした。


その中で私が見つけて行ったのは、隣の市にある割りと大きな病院でした。
そこは「山の中にある」といった感じの、入院施設もある、
まさに「精神病院」といったところでした。

正直、こういうところに来たのは初めてでしたし、
「私、大げさなところに来ちゃった?たかがハゲで。」なんて、思いました。


が、後に、これは大正解であったことを知ります。


****************************

* 精神科・心療内科の類を受診すること考えてる方、
* 絶対に、専門の医療機関にかかることをおすすめします!
* それくらい、精神医療の薬は危険だと思っています!

****************************


そして、そこで処方された数日分の精神安定剤を飲み、
皮膚科の塗り薬を塗ってみつつ、、、
そして、何と私は自分のハゲを武器にして、自社の社長に直談判しに行ったのです。

「頭がこんなになっちまった!
あのひどいプロジェクトで、せめてもの救いになるのは金だけだ、なので金をくれ!」と。
↑ 言葉はこの通りではありませんが。(笑)

すると、言ってみるもんですね。
なんと社長、ほぼ二つ返事で「ok!」と。(笑)

そして翌月から残業代も休日出勤手当も普通にもらえるようになり、
馬鹿らしさからある程度解放され、私のハゲは徐々に良くなっていきました。

そして相変わらず仕事はキツイものの、ひとまず私の精神状態も落ち着いたか・・と思ったのですが、、、
お金でモチベーションが回復したのは、つかの間の事でした。



秋になり、仕事のスケジュールは益々キツくなり、
出口の見えない状況の中で、マネージャーからは精神的に鞭を打たれ、
私は自分で自分の体にムチを打つ、そんな日々を送っていました。

毎日家に帰るのは深夜、まともな食事を取れたこともありませんし、
TVを見る時間もなく、世間で何が起こっているのかもわからず、
家に帰れず、コートを着て職場のイスで仮眠、なんてこともありました。

女なんかとっくに捨て去り、そのうち人間であることも忘れました。

この頃には、言いたいことは、
「金なんか要らんから普通の生活をくれ!」に変わっていました。


これが、まだ・・・ 家に帰れば、温かい食事と暖かい家族が待っていて・・
なんて癒しがあれば、かなり救われたでしょうね。。。


でも、当時の私はひとり暮らし。

しかも当時の恋人は、癒しの存在ではなく、私にとってストレッサーでした。
週に一度死守していた日曜日のお休みも、あまりhappyなものではありませんでした。

そして更にそんな状況に追い打ちをかけるように、ストーカーにまで遭うようになってしまいました。


そのことについては、少し前から変だな、とは思っていたのですが・・

例えば、夜中の12時に中庭におじさんがこっちを向いて立っている
(これから出かけるような時間ではありませんし、出かける風ではありませんでした)とか、
仕事に行く前に私がゴミを出すのを待ち受けていて、私のゴミを持って行ってしまう、とか、

変だなとは思っていたのですが、あまりに余裕がなく、
気にすることが出来なかったのです。
「気のせい」として自分の中で片付けていました。

が、ある晩、怖い事が起こり、本気で震え上がりました。

職場では疲れ果て、休まるハズの家にはガタガタ震えながら帰る、
そして恋人はストレッサー(苦笑)。


クリスマス前のある日、とうとう倒れました。
仕事中に過呼吸を起こし、救急車で運ばれたのです。

近くの病院で点滴を受け、その時はその日のうちに家に帰ってきましたが、
その後数日経過しても、どうも調子がおかしいので、夏に受診した精神科にまた行くことにしました。

すると、
今の状況だとまた発作を起こしかねない、と言われ、
前回と同じ精神安定剤を1月分処方されました。

しかし薬を飲んでも、日々どんどんおかしくなるのです。

「悲しい」と「怒り」以外の感情がなくなりました。
よく知っているところなのに、道順がよくわからなくなりました。
アップテンポの音楽が聞けなくなりました。
そして人の言っていることがわからなくなりました。

これでは仕事になりません。
このことを主治医に話しました。

見るからに私の雰囲気はおかしかったのでしょうね、
「これを職場に提出するように」と、その場で診断書を渡されました。

そこには 「うつ病。自宅療養を要す。」 と書かれていました。

こうして私は鬱になりました。







つづく







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【北野祐子が出来るまで】
はじめに
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2013.06.27 / Top↑
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